執着、依存は美しくないなぁ

何かを、誰かを信じる
それがない、その人がいないといられないと思う 依存
それを手放せなくなる 執着
こうなったら、誰が何を言っても聞く耳なくなる
否定されればされるほど更に強固になる

数年ほど前までの私は、まさにその状態

今なら、あれは執着だったなぁと分かる
少し前の私は、自分に自信がなくて、人前ではそのままの自分でいられなかった
社会的には自立してるけど、それは経済的なことで、
1人で暮らすには不自由しないけれど、精神的には満たされていない状態だった
他人から見るとちゃんとした大人に見えてるけど、私はいつも何かを探してた。

救いを、安心感を、充足感を、満足感を、愛を求めてた

そんな乾ききったカッサカサな時に、すべてを満たしてくれる圧倒的なパワーに出会ったら・・・
そりゃぁ

ハマるよね〜

自分が求めていたのはコレだぁぁぁぁぁぁぁ
って、
答えを見つけたって、
私は救われたって

ノリノリになるよなぁ


自分が暗〜い閉ざされた世界(自分で閉ざしてるんだけどね)から、眩しいくらいの新世界に連れだしてもらったみたいだった

この振り幅が大きいほど、一瞬で深〜くハマってしまう

私の世界はただこの存在一色になった
依存ギリギリの頼るってとこまでなら、必要なこともある
自分一人で立てる状態になるまでは、支えがほしい
子供の時、自転車にのる練習みたいにさ🚲
後ろ持ってもらいながらこぐ
「ちゃんと持ってる⁉️ 持っててね⁉️
ねえ、持ってる⁉️ 持ってるよね⁉️」
なんて叫びながら必死に前見てこいだなぁ〜

で、気づくと ひとりでこいでたってパターン
持ってた人は、
持ってるよ〜って言いながらいつのまにか手を離してて声だけかけてて、その声もだんだん遠くなる・・・
で、自分ひとりで自転車こいでたことに気付いて驚きながらも〜
喜ぶ

みたいな
そのあとからは、自分ひとりでも自転車にのれるようになるんだよね
もちろん転んだりもするけど、もう後ろ持っててなんて言わないし、思わない❣️
私は自転車に乗れるんだ❗️って気付いて、あとは練習していろんな経験をして、自信を積み上げていくだけ

あー、こんなふうに成長していけたらよいな〜〜
自転車の後ろ持ってくれる人は、
乗れない間は寄り添って支えてくれる
乗れるようになってきたら手を離し、見守る
もう乗れてるよ〜って、自分でできてるよ〜って自分で気付かせる

こんな育て方、ちょー凄いんじゃない

そして、この流れに沿って育つ素直さって良いわ〜
で 私は、
圧倒的なパワーの中で満たされていて、もう自分で立てることに気付かずに、頼って甘え続けてた⚡️
気付かなかったのか、その甘えの状態が楽だったのか、いつしかしっかりと依存してた🌀
いつまでたっても自分に自信ってモノは持てなかったなぁ
それがさ、いつのころからか、苦しくなってきたんだよね
満たされてるのにおかしな話だよ
多分その頃から執着に変わってたんじゃないかな
圧倒的はパワーを離したくない、
もっと私を見てほしい
もっと私を認めてほしい
もっと私を愛してほしい
もっと、もっと、もっと
うわーーーーーー
今思うと、まじ怖いんですけど
もっともっとのクレクレ星人なんて表現なら可愛いもんだよ
なんかぁ、ゾンビみたいだよーーー🧟♀️
あーあの時の自分ったら、恐ろしいやら見苦しいやら
あの時の私に言いたい
おーい、
ホントのSHZUYOはどこいったぁ
そんなにパワーがないと思ってんのかぁ
あさましいぞー
美しくないぞー
依存してたら、いつまでたっても自信なんてつかない

そんな当たり前のことに気づけて良かった〜


